TAIWAN LIFE

日台夫婦1年目 台南で台湾人との国際結婚生活

〈 TAIWAN LIFE 〉mayuの経歴

このページに興味を持たれて見に来てくださってありがとうございます!

ここは、ちょっと私の経歴などなぜ、台湾に来たのかなど私のプロフィールをもっと深掘りした場所です。それではご覧ください!

 

〈 TAIWAN LIFE 〉mayuの経歴

 

幼少期

実は、お母さんは台湾人 お父さんは日本人。いわゆる、日台ハーフとして産まれました。産まれは母の故郷、台湾の北端「基隆」・・・小さい頃は年に1・2回は台湾に来ていました。

兄は幼少期、2年ほど台湾で生活していたので、中国語が喋れました、がその後日本に住みはじめ、日本語が話せない兄はいじめにあっていたそうです。その為、母は私には中国語を一切教えてくれなかったです(この頃、台湾ってどこ?って言われる時代でした。だいたい、1990年代初頭です。)

 

思春期

いわゆる、多感な時期です「台湾とのハーフ」が嫌で仕方なかった時代です。今、考えればおかしな話なのですが、日本のお母さんではないと言うことがとても恥ずかしくハーフと知らない同級生もいたと思います。そして、かなりの反抗期を中学時代に過ごしました。でもこの時代があるからこそ、両親と本音でぶつかったからこそ、今わたしと両親の関係はとっても仲良しなんです!特に、母とは友達のように仲良し!

 

社会人

高校・大学は自分の好きな道。「ファッション」の学校に通っていました。その為、社会に出た時も「アパレル」へ勤務。いわゆる「人と関わる仕事がしたい」「人とコミュニケーションが取れる仕事」と、選んだのがアパレルの販売員でした。インターンでスタイリストアシスタントを2週間経験するも、販売員を選んだのも、3ヶ月インターンをした会社での仕事がとっても楽しかったからなんです。結果この会社を第一志望に就職活動をして、7年間働いていました。

 

転換期

社会人4年目で店舗サブマネージャー。この年、ルミネで店舗賞を頂き憧れのパリ・ロンドン研修にも行かせて頂きました。また、ルミネスト2014接客大会でブロンズ受賞。社会人6年目からは店舗マネージャーを勤め多くのお客様にも一緒に働くスタッフにも恵まれた環境でした。ただ、30歳になる前に何か自分の中に変化が欲しい。環境を変えたい・ステップアップしたい。そして、何より、母の母国「中国語が話せるようになりたい!」っと、ちょうど、2016年秋ごろに思うようになりました。すぐに退職できる環境でなかったので退職は2017年9月でした。

 

台湾留学

2017年12月 いよいよ台湾に留学に来ました。台北の語学学校に通って新北市に住んでいました。とっても有意義な時間で、久しぶりの「学生」気持ちもかなりリフレッシュ!新しいことを学ぶのに「年齢は関係ないんだ」「タイミングなんだ」と感じていた時期です。

 

そして、この台湾留学で今の旦那さまとの出会いもありました。彼と出会って中国語の勉強がさらに楽しくなったのも事実です!(女って単純ね!笑)台湾を通じて、同じタイミングで留学に来てた子とは今でも頻繁に連絡を取るくらい仲良し!

 

1年間の留学予定でしたが、2018年8月父の病状悪化により急遽帰国。付き合って早々と、「一緒に居たいから」と結婚が決まりこの一時帰国のタイミングで旦那さんも日本へ

 

留学を初めて、1年しか経っていませんこんなにも自分の人生が変わるとは1年前まで予想もできていませんでした。(日本に帰国予定だったので)台湾の住みやすさ、過ごしやすさ日本にもいいところはたくさんあるけど台湾にももちろんいいところがあります。

 

台湾が嫌いな時期もあったけどこの留学を通して、台湾が好きになれた良い、転換期でした。30歳手前、29歳の年で仕事を辞めることすごく抵抗がありました。でも、今は仕事を辞めて台湾にきてよかった!っと、気づけた部分がたくさんあります。

 

この経験を通して、ブログの発信をして少しでも参考になる方がいらっしゃったらわたし自身とっても嬉しいし、何より、この発信からお友達が増えればもっといいなっと思っています。ここまで読んで頂き、ありがとうございます!